【寺院名】英彦山 霊泉寺(れいせんじ)

【宗派名】天台宗
【別名】
【住所】福岡県田川郡添田町英彦山1958
【本尊】千手観音
【開山】法蓮
【開基】嵯峨天皇
【由緒】霊泉寺は、平安時代の初め、嵯峨天皇の弘仁13年(822)この山で修行を重ねた法蓮の名声が朝廷に達すると、天皇は法蓮を召し、その賞として日子山を彦山と改め、七里四方の寺領を賜い、3000人の僧を置いて鎮護国家の祈願所とされた。以来、栄枯盛衰の歴史は江戸時代まで続き、享保14年(1729)には霊元天皇の意向によって彦山に英の字を加え、寛永14年(1637)の佐賀藩主・鍋島氏の寄進になる銅の鳥居(国指定重文)に「英彦山」の勅額がかかげられた。しかし、明治の廃仏毀釈により寺はつぶされ、修験者は還俗し、山を離れる人が続出したが、大正時代に玉屋神社のほとりのゆかりの霊地に本堂が再建され、昭和31年に、現在地の銅の鳥居横に本堂が移転、現在に至る。豊かな自然に包まれた神と仏の山・英彦山は、巡礼の旅のスタートにふさわしい。
【寺宝】奉幣殿(国重文)/英彦山銅鳥居(国重文)/霊泉寺蔵三所権現/神宮蔵御正体(県文)/神宮蔵不動明王(県文)