【寺院名】豊興山 妙喜庵(みょうきあん)

【宗派名】臨済宗東福寺派 三等地
【別名】
【住所】京都府乙訓郡大山崎町龍光56
【本尊】聖観音
【開山】春嶽士芳
【開基】山崎宗鑑
【由緒】妙喜庵は室町時代明応年間(1492-1500)の創建で、山号は開山春嶽禅師が名づけたもので、妙喜庵という庵号は、宗の大慧禅師の庵号からつけたものである。妙喜庵はもと連歌俳諧の始祖で知られた山崎宗鑑の隠棲地であったのを、晩年に法友である春嶽禅師にゆずったものである。宗鑑の遺物としては「雨柵々」等軸数幅及び明月堂がある。また、妙喜庵3世功叔禅師の時、天王山合戦が起こり、羽柴秀吉は明智光秀を討とうとして姫路より軍を進め、天正10年(1582)山崎に至り、妙喜庵を陣として安息所にあて、安土より千利休を招いて茶室を造らせた。利休は功叔禅師とともに秀吉に茶を点じ、禅を談じて陣中の苦労を慰めたといわれる。茶室待庵は、利休独特の構想で建てられ、現存する茶室建造物としては日本最古のものとして存在している。
【寺宝】茶室待庵(国宝)/妙喜庵書院(重文)−−開山春嶽禅師の創建による室町時代の書院造として有名/袖摺松/芝山手水鉢/杉戸の絵・室町時代、狩野山雪作/その他多数