【寺院名】番神堂(ばんじんどう)

【宗派名】日蓮宗
【別名】普益殿
【住所】新潟県柏崎市番神町
【本尊】三十番神
【開山】日蓮聖人
【開基】慈福法印日心上人
【由緒】番神堂は、日蓮宗妙行寺の境外御堂で、堂のすぐ北側下に突き出た番神岬は、文永11年(1274)3月、佐渡配流を赦された日蓮聖人が、佐渡を出て寺泊(寺泊町)へ向かう途中暴風雨に遭い、流されて着岸したところである。そのとき日蓮聖人が、無事上陸できたこと神に感謝して、ここに八幡大菩薩を中心に29の神を合祀した。当時、番神堂は真言宗であったが、日蓮聖人に深く帰依した住持の慈福が日蓮宗に改宗し、自らも日心と称して法弟となった。現在の御堂は、明治4年(1871)の大火で焼失した後、当時の住職31代新居日薩上人と32代水野日定上人の2代に渡り、巨万の財と7年の歳月をかけて再建したもので、明治10年(1877)に完成し、現在に至る。また、御堂の前庭からは、柏崎港をはじめ柏崎市が一望でき、毎年行なわれる万巻会には多くの参詣者で賑わう。
【寺宝】棟梁篠田宗吉の彫刻--鳳凰・桐・水波・亀などの桃山風の彫刻で狩野派最後の逸品ともいわれている。また、民謡三階節にも"下宿番神堂がよく出来た向拝、向拝の仕掛けは、新町宗吉大手柄"と唄われている。 ※人恋岬--浪曲「佐渡情話」のヒロインお光・吾作の碑がある。