【寺院名】妙見山 日光院(にっこういん)

【宗派名】高野山真言宗
【別名】
【住所】兵庫県養父郡八鹿町石原450
【本尊】妙見大菩薩
【開山】敏達天皇の頃
【開基】日光房慶重上人
【由緒】日光院は別名但馬妙見と呼ばれ、下総国、相馬とともに日本三妙見と言われている。開山は遠く奈良朝時に遡り、日光房慶重上人の手によるとされている。鎌倉以後、武門将士の信仰を集め、特に山名宗全をはじめとする山名一族の祈願所であった。一千町歩の妙見山とともに因幡、播州、丹波、但馬に荘園を有し、山陰随一の名刹であった。戦火により一時衰微するが、寛永9年(1632)、快遍上人の手により移転奉祀され、それが現在の名草神社になっている。江戸時代は3代将軍家光公より御朱印を賜ったりしたが、明治の神仏判然により、47世弘応上人が本尊、重宝とともに明治9年(1876)、石原の旧域に復帰し、末寺成就院と合併して今日に至っている。よって往時の日光院の姿は、山上の名草神社に現存する国重文三重塔等に残されている。
【寺宝】中世文書/国重文妙見三重塔由来記/室町弘法大師御影/室町麿崖仏--以上はすべて町・県指定/本尊妙見大菩薩/但馬七福弁天霊場招福弁財天/近畿楽寿観音霊場第五番札所/その他、仏像、武具等あり