【寺院名】嵯峨山 大覚寺(だいかくじ)

【宗派名】真言宗大覚寺派 大本山
【別名】
【住所】京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
【本尊】五大明王
【開山】恒寂法親王
【開基】
【由緒】大覚寺は正式には「旧嵯峨御所大覚寺門跡」という名称で、平安時代、嵯峨天皇(786-842、在位809-823)の離宮嵯峨院として建立されたが、後、嵯峨天皇皇女正子内親皇が、清和天皇(在位858-876)に奏上して仏寺に改め、嵯峨天皇の皇孫恒寂入道親王が初代の住職に就いたのが始まりである。嵯峨天皇は優れた学者・文化人として大覚寺を舞台に弘法大師らとともに平安文化の基礎を築いた。弘仁9年(818)の疫病大流行を憂慮した嵯峨天皇は弘法大師の勧めにより、自ら般若心経を写し、その霊験たちどころに現れ、病魔は退散した。このことによって心経信仰はにわかに広まり、今日この写経は勅封とされ、大覚寺は心経信仰の総本山として広く知られる。境内にある庭湖の二島一石の配置は、嵯峨天皇を華道の始祖と仰ぐ嵯峨御流生花の水盤と花留の基本となっている。大覚寺の宗教、芸術、文化活動は全て嵯峨天皇の精神を源としているのである。
【寺宝】勅封心経/宸殿(特別保護建造物)/正寝殿(特別保護建造物)/嵯峨天皇陵/勅封心経殿/蓮華峯寺陵