【寺院名】好成山 善応寺(ぜんのうじ)

【宗派名】臨済宗東福寺派 準別格地
【別名】
【住所】愛媛県北条市善応寺甲428
【本尊】釋迦如来
【開山】正堂士顕
【開基】河野対馬守通盛
【由緒】善応寺は今を去る643年前、建武2年(1335)伊予の守護職・河野対馬守越智通盛の発願により、玉澄以降累代の政庁居館であった土居館に、河野氏氏寺として京都東福寺に擬して創建されたものである。天正13年(1585)全国統一を目指す豊臣秀吉の四国征伐があり、小早川隆景に率いられた3万の軍勢は諸城を次々陥入れ、遂に同寺も焼失した。江戸時代中期に開山正堂和尚より17世の法系黙翁士徹和尚出ずるに及び、将軍吉宗の厚遇を受け、台帳を得て今の地明智庵跡に再建した。同寺は、69通の古文書(吉野朝時代から江戸時代にわたる)を所蔵し、それを見ると善応寺が河野氏の菩提寺として枢要の地位にあり、いかに保護を加え維持に力を入れたか、また、河野氏の盛衰興亡を伺う上にも貴重な文献である。徳川吉宗および家斉よりの台帳も保存しており、歴史的価値が高い。
【寺宝】善応寺古文書 5巻69通(県文)/木造釋迦三尊仏(県文)/達磨大師・百丈禅師倚像・三牌(市文)/金銅釈迦誕生仏(県文)/開山伝法衣/唐焼平鉢/涅槃像図/その他