【寺院名】清流山 浄教寺(じょうきょうじ)

【宗派名】西山浄土宗
【別名】紀伊之国十三仏霊場ぼけよけ二十四地蔵霊場札所
【住所】和歌山県有田郡吉備町長田本
【本尊】恵心僧都御自作阿弥陀如来
【開山】明秀光雲上人
【開基】文明4年春
【由緒】平安時代の後期、鳥羽天皇(在位1107-23)の御代、真言宗の僧玄蔵上人が高野山金剛峯寺にならい、七堂伽藍21坊をもつ荘大な規模の神谷山最勝寺を創建した。当時の寺の境内は、大門より奥の院までの参道は8丁(約870m)あり、1丁ごとに距離を示す「丁石」を建てまことに広大な寺の構えであり、また学問寺として幾多の高名な僧侶の往来も多かった。鎌倉時代になって名僧明恵上人高弁がこの寺を中興したが、時代と共に次第に衰退した。その頃、明秀光雲上人が浄土教を広めて紀州に梶取総持寺をはじめ18ケ寺を創建し、文明4年(1472)有田川のほとり長田村に草庵を結び、秀吉公南紀攻めと浅野公寺破却の法難を受け、荒廃した最勝寺の門弟信徒は共に上人の教えに集い、ここに最教寺改め浄教寺の寺号を賜り、什宝を移して開山創建され今日に至る。また文化財の寺としても全国的に親しまれている。坂村真民碑第112番寺。
【寺宝】釈迦涅槃図(重文)/大日如来像(重文)/観経曼陀羅図/十六羅漢像絵 17幅/十王図 10幅/十二天図 12幅/金縫三尊図/三尊像絵図/その他多数