【寺院名】青蓮院(しょうれんいん)

【宗派名】
【別名】粟田御所
【住所】京都府京都市東山区田口三条坊町
【本尊】熾盛光如来
【開山】傳教大師最澄
【開基】
【由緒】青蓮院は、伝教大師(最澄:767-822)が比叡山を開かれたときに僧侶の住居として建てられた青蓮坊に始まる。青蓮坊は、伝教大師から円仁、安恵、相応と、みな天台座主となった人々の住坊で、その12代行玄の時にも殿舎を持つようになったが、青蓮坊は山上本坊として室町時代まで継承維持されていた。行玄は、鳥羽天皇(在位1107-23)の第七皇子・覚快親王を弟子として托せられ、朝命によって京都の本坊が造営され、青蓮院の名が与えられて門跡寺となった。即ち行玄は初代の門主、覚快親王は2代目である。以来代々の門主は皇子または他の皇族か摂関家の子弟であったが、江戸時代には厳格に皇族に限られ、公にも世間からも親王家と考えられていた。また、相阿弥の作と伝えられる、竜心池を中心とする室町時代以来の庭園から粟田山将軍塚にわたる境内は今日まで保有され、日々探訪者の姿があとを絶たない。
【寺宝】不動明王二童子画像/御宸翰/台密を主とする聖教/その他