【寺院名】竜寳山 高桐院(こうとういん)

【宗派名】臨済宗大徳寺派
【別名】
【住所】京都府京都市北区紫野大徳寺町73―1
【本尊】釋迦牟尼如来
【開山】特賜大悲廣通禪師
【開基】細川三齋公
【由緒】高桐院は細川幽斎公の長子忠興三斎公により慶長6年(1601)に建立された大徳寺塔頭の1つで、開祖玉甫紹和尚は幽斎公の弟であった。細川三斎公は織田・豊臣・徳川の三時代に、一貫した精神で身を処した戦国時代きっての智将であるが、公はまた利休七哲の一人として茶道との深い縁によって有名である。茶道の奥義を究め、歌道をたしなみ、文武両道に秀でた哲理の人であった。正室細川ガラシャ夫人が織田の反逆者である明智光秀の息女という不利の時代も光秀にくみしなかったのは、三斎公が武人として時代を超えた明晰な洞察を持っていたゆえである。三斎公は正保2年12月2日、83才で卒去、遺言によって遺骨は高桐院に埋葬された。法名の松向寺殿三斎宗立は茶席松向軒の名として残されている。
【寺宝】李唐筆山水図双幅(国宝)/銭舜挙筆牡丹図(重文)/稲葉良像(重文)/茶席 松向軒/茶室 鳳来/細川三斎公及びガラシャ夫人墓、出雲の阿国、名古屋山三郎、興津弥五右衛門などの墓がある